満足なブタと不満足な人間。どっちの方がいい？

少し前、現在休学中のサミーからフェイスブックでこんなメッセージが届きました。

Would you rather be an unhappy human or a happy pig? Knowing you I'm sure you'd like to choose the former, but I'm curious as to how you would argue it. I've been trying to sharpen my own view on this but am running into surprisingly many roadblocks

要は、満足なブタでいることと不満足な人間でいるのでは、どちらの方が良いのだろうかという質問です。満足なブタはそのままで幸せです。なのでわざわざ不満足にならなくてもいいのではないかと考えるのが普通だと思います。でも、彼は、おれが必ず不満足な人間でいた方がいいと言うと考えてメッセージを送ってきました。そんな次第で、フェイスブックでやりとりをしながら２−３日間にわたって「幸せ」「真理」について考えました。とても貴重な機会だったのでブログにまとめようと思います。

まず、満足なブタと不満足な人間について考えるなら必ず考えなくてはいけないことがあります。「幸せって何だろう？」です。何が幸せか分からないと、二つを比べようがありません。

彼は、幸せには３つの区分があると言いました。食欲・睡眠欲・性欲などその場限りで満足させたい満足であるbliss、自分の現在の状況に満足するcontentmentと、動物には到達し得ない満足の"happiness"です。最後の"happiness"はプラトンやアリストテレスの「よく生きる」ことに似ていると言いました。

おれはというと、サミーの幸せの区分に疑問を感じました。古代ギリシャの人たちが本当の幸せを提起できた理由は、どこかに真理があると考えていたからです。プラトンはイデアという本物の知識がどこかに存在していて、正しい教育を受けないとたどり着けないと書いています。また、アリストテレスは『政治学』で、人には生まれ持った適性があると書いています。奴隷には奴隷の、女性には女性の、リーダーにはリーダーの才能が生まれ持って存在していると。

確かに、基本的な欲を満たすdesiresとそれを超えた幸せは区別できます。例えば、宗教上の理由でセックスや食を長い期間制限する人がいます。彼らは、食欲を我慢することによって、もっとレベルの高い宗教上の幸せにたどり着こうとしています。キリスト教の魂の救済(salvation)や仏教の悟り(enlightenment)などです。敬虔な人は、全てを超えた真理という幸せに目が向いているので、数日メシが食えないことは問題ではないのです。ブタは耐えられないでしょうが。

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しかし、おれの質問は、「全てを超えた真理」にあります。「本当」を決めるのでしょう？哲学をして、人について考える習慣ができる人は「よい」というのは、誰が言ったのでしょう？どうして自分が本物だと思っている本物が本当の本物だと分かるのでしょう？どんなに「本物」の根拠を求めても結局は証拠など見つけられないのです。そのため、サミーへの返事にこう書きました。「本物」の幸せも結局はcontentmentの一部じゃないの？と。

人によってはこの区別を嫌います。なぜなら「本物」の幸せも、ブタが泥の中で転がっているのと同じということになるからです。つまり、本物にたどり着くことは、実は、自己満足でしかないのです。中世や近代の哲学者は真理にたどり着くために考え抜きましたが、毎日酒を飲んで楽しんでいるオジサンとなんら変わりがないのです。ここでサミーと自分で意見が食い違っているのが、本物（authenticity）という概念です。「本物」とは何でしょう？

自分は、誰もが本物を欲しがっていると思っています。ルイ・ヴィトンの財布を持つなら、やっぱり本物が欲しいのです。本物は高いから偽者でいいやと中国で偽ルイ・ヴィトンを買ってくる若者も、本物を持っていると思われたいからわざわざヴィトンに似た偽者を買っているのです。本当に本物に興味がないなら、ヴィトンの模様がついた偽者なんでわざわざ買いに行きません。彼らはお金があるなら本物を買うでしょう。同じように、プラトンが真理について書いたのは本物の知識にたどり着き、純粋な幸せを手に入れたかったからです。試験勉強をする際、間違った解答だと知って嘘の試験範囲を勉強する人などいませんし、自分の宗教が嘘だと考えて信仰する人などいません。本当はみんな本物が欲しいのです。

おれの「本物」観について、サミーはこのように返してきました。「でも、いろいろとよく知っている友達がこう言っていた。『もし映画マトリックスの世界にいたら、おれは偽者の世界で生きていきたい。本物の世界なんで嫌だ』と」。

まさにここが、自分が考える、満足なブタと不満足な人間の分岐点なのです。

どうしてサミーの友達は便利で慣れ親しんだ偽者の世界を選んだのでしょう？それは、彼にとって、偽者の世界の方がよっぽど本物だからです。彼には、本当に何が本物なのかというのは重要ではなくなっています。彼にとっては、自分が信じていることが本物なのです。

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満足なブタは本当の本物の追求を捨てて自分の信じていることを本物だと主張します。本人が本物だと思っているので、contentmentにたどり着いているでしょう。もしかしたら自分の中でtrue happinessにたどり着いているかもしれません。しかし、本物にたどり着いた人に、不満足な人間はこう言います。

What a liar.「嘘つきめ」

本物にたどり着いたと勘違いして自分と自分の周りに嘘をつき続けるのが満足なブタです。マトリックスの例に当てはめるならば、本物の世界に残った人は、偽者の世界に戻っていった人を鼻で笑うのです。不満足な人間は、どうしても本物が欲しいのです。偽者のルイ・ヴィトンを買って満足している人を見て、「おれは本物を買ってやる」と意気込んでいるのです。

だけど、問題は、おれたちは、マトリックスの世界のように本当の本物にたどり着くことができないことです。どんなに追求しても結局はcontentmentでしかありません。どうせ同じなら、追求しても意味ないのではないか？ルイヴィトンでいうなら、たとえ公式なヴィトンの店でヴィトンの財布を買っても、中国で買うのと同じくらい偽者である可能性があるのです。なら、わざわざ高額な「本物」を買う必要があるのでしょうか？

これを説明するためには、個人の価値と社会を分ける必要があります。個人のことだけを考えるなら、本物なんて必要ありません。無人島で生まれ育ち、ほかの人と何も比べず生きている人には「本物」という考え方すらないでしょう。自分が今そこで生活していることそれ自体が本物なのです。最終的には、誰がどう生きようが「本物」を生きられることになります。その点、自分の「本物」を人に押し付けて「これが正しいんだ！」と主張するのは、個人のことをのみを鑑みた場合、たいそう無粋な発言になってしまいすね。

しかし同時に、人々がどこかに本物があると考える裏には必ず偽者との比較があります。つまり、正しい解答の裏に間違った解答があるように、本物の幸せがあると主張する人は、嘘の幸せがあることを認めていることになります。本物を追求することは前提から社会的なことなのです。人が必然的に社会的な動物なら、社会との関連性を無視するわけにはいきません。

とはいえ、本物の幸せも社会に大きく影響を受け、異なる解釈を生みます。社会の力が巨大なので社会の価値に従うことが本物だと考える人もいれば、社会そのものが偽者だから個人で本物をつかもうと決意する人もいます。なので、関連が大きいことは認めても、どちらが「もっと本物なのか」と言うことは一概には言えないのです。

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この枠組みは、これまで挙げた全ての例に当てはまります。宗教、マトリックス、ヴィトンの財布などです。何度も繰り返していますが、結局本物など分からないのです。だけど、不満足な人は満足なブタとは違って（また社会的な価値が介入しますね）まだ追求しているのです。

すると、満足なブタを嫌う不満足な人間というのは、常に自分の「本物」に疑問を持って、到達し得ない本当の本物を追い続ける人なのかもしれません。そちらの方が良いと、社会とは関係ない個人であるおれがそう言っている、ということです。

しかし、追求と言っても、ただ単に、終わりのために追い求めることではありません。追求とは必ず手段と目的(means-end)です。何かの手段を行使することによって、目的にたどり着こうとすることです。そして手段を使うことは必然的に目的を狭めます。例えば、サッカーを練習するという手段は、試合で活躍するという制限された目的があります。フィールドでサッカーボールを蹴っても計算ははやくなりません。手段を用いないと活動をすることができませんが、手段を用いると活動が制限されます。

ここで、手段と目的で「本物の幸せ」を考えると、疑問符がつきます。なにを選ぶにしろ、目的としての幸せにたどり着くことは自分の思い描いている状態が実現することです。しかし幸せな状態が実現されたら、それの幸せは永続するのでしょうか。

幸せという目的にたどり着いた人は手段を捨てます。手段なの要りませんから。「静」とでも言いましょうか。手段がないと活動できなく、達成された幸せは永続しないのに「静」に落ち着いてしまうのです。

一方手段を持っている人は「動」です。何かが足りていないので特定の方向へ動き出す。自分は、人や社会をどのように解釈するにしろ、人間の営みはどう転んでも「動」だと考えています。人によっては、その「動」が不安でしかたなく、せめてもの慰めに「静」を創りだします。でも、一時的な「静」は終わりますし概念的な「静」は嘘です。

どうしても、「静」を創りだすことは真摯(sincere)ではないと思うのです。世界をまっすぐな目で見つめようとしなくてもいいから安心しよう、恐怖や不安を打ち消すために心の平安を創り出そうと、嘘をついているように見えるのです。自分が誰で、世界が何で、自分は何をすればいいのか、自分はどこに向かうのかという問いを正直に追い続けたいと考えるなら、残酷な「動」の世界から目を離さないで生きた方がいいと考えるのです。

あと、目的は必ず未来にありますが、幸せは過去にあります。理由は、幸せは振り返って気づくものだからです。幸せなことをしている最中はただただ夢中で、あるとき、「あ、おれ幸せだ」と気づくのです。一般的に幸せは未来の中に探しますが、幸せは未来にあるのではなくて、幸せを探している今の自分や継続して幸せを追い続けた過去の自分を思い出して気づくものです。

だから、真理を探し続けるけど、見つけたくない。目的のために手段を使って追い求めるけど、目的地には着きたくない。なぜなら、「着いた」と思って安堵のため息をついた瞬間、自分は、自分と世界に嘘をついたことになるからです。

手段と目的という考え方は人として生活するために不可欠ですが、「手段と目的」という枠組みはすでに目的です。この枠組みのみでものごとを考えることは便利ですが、人や社会を理解する上では、さまたげになります。

まとめると、自分がなりたい「不満足な人間」は手段を用いて幸せという目的へ向かっているけど、目的地を目的だと思っていない人です。

しかし何度も繰り返しているように、どんな基準で「本物」を選んだとしても、結局はcontentmentなので、「不満足な人間」でもたいそう幸せになれます。

満足なブタも不満足な人間も同じように幸せになれるなら、多少の嘘をついて「静」に生きて安心を求めるか、最後まで正直に「動」を生きてゴールのないマラソンを走り続けるかと訊かれたら、おれは断然、マラソンを最後まで走り続ける人間でいたいです。そんなわけで、満足なブタよりも、不満足な人間でいたいです。

結論を書いて思い出すのが、ゴーギャンの有名な絵画です。

この絵画のタイトルは、

D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?

「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」

ポール・ゴーギャン

この純粋な問いに正直に生きたいと考える人は、満足なブタでいることに耐えられないはずです。